SLS, MAX Ⅳ 視察記

KEK 加速器研究施設 原田健太郎

現在KEKでは、最先端の3 GeV蓄積リング型光源計画(KEK放射光計画)を推進することが決まっている。決定までの間には、PF将来計画検討委員会による議論と物構研運営会議に対する報告書の提出と運営会議の承認、研究推進会議によるERLから3 GeVリングへのロードマップの書き換え、PIP(Project Implementation Plan)国際評価委員会(5/21-22)によるKEK放射光計画に関する評価が行われた。その、PIP国際評価委員会に先立ち、5/8-11に山内正則機構長、野村昌治理事によるヨーロッパの最先端放射光施設、SLS、MAX IVの視察が行われ、村上洋一PF施設長、放射光科学第一研究系の船守展正教授と原田が同行した。ここでは、その視察についての報告を行う。


2001年にユーザー運転を開始したSLS(Swiss Light Source)は、世界初の「新」第3世代光源と言われている。真空封止短周期挿入光源を利用することで、電子ビームのエネルギーの割に高いエネルギーのX線まで高輝度に発生させることができるようになった点で「新」という。SLSでは、2.4 GeVで10 keV程度までアンジュレータ光が利用可能であるが、真空封止なしなら、1 keVがギリギリである。真空封止アンジュレータの特徴は磁極列間のギャップを数mmまで閉じて運転することであり、その状態で長時間の安定な運転、トップアップ入射を行うには、高度なビーム安定性と制御が必要となる。建物の設計から同じトンネルに配置したブースターリングに至るまで、考え抜かれたデザインは未だに様々な施設が手本としている。周長は約290 m、電子ビームのエミッタンスは水平5.5 nmrad、垂直3 pmradである。オプティクス、電磁石誤差の補正など、高度に設計、調整されている。加速器は3回対称で、TBA(Triple Bend Achromat)12セル、直線部も12本だが内1本が入射、2本がRFで使われており、残り9カ所に挿入光源が設置されている。その内の1箇所は3倍波空洞と短い挿入光源が共有している。

PSI(ポール・シェラー研究所)はスイスにおけるKEKのような複合加速器研究施設で、SLSの他に、中性子源やミュオン源としても使われている590 MeV、1.3 MWの陽子加速器が存在し、同じ制御室から制御されている。また、Swiss FELという、エネルギー5.8 GeVで約10 keVのX線まで利用可能な常電導自由電子レーザーの建設がほぼ完了段階である。視察時には、SLS施設長のGabriel Aeppli氏によるSLS全体の紹介、加速器部門のAndreas Streun氏によるSLSアップグレード計画の紹介が行われ、SLS実験ホール見学の後、機構長はPSIで行われている日本との共同研究MEG(μ→eγ崩壊)実験を引き続き視察し、他のメンバーはSwiss FELの広報施設を見学した。

SLSアップグレード計画は逆ベンドを積極的に導入したオプティクス最適化とダンピング効果で、既存のSLSの置き換えながら、自然エミッタンス137 pmradを実現する計画である(IPAC2016等でも発表されているので資料はweb検索でも手に入る)。 Streun氏によるとハードウェア的にまだ詰められていないとのことだが、2.4 GeVとはいえ、我々のKEK放射光計画の半分の周長で100 pmrad台のエミッタンスというのは大いに驚かされた(エネルギー3 GeVに換算すると200 pmrad、ただし、挿入光源は9カ所で、直線部の長さは現状より短くなる)。

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SLSアップグレードに関するStreun氏の資料の抜粋。3次高調波空洞ありで約150 pmrad、逆ベンドを含めた偏向電磁石の曲げ角は合計585°である。


さて、山内機構長と野村理事は5/8成田発、現地同日午後にコペンハーゲン着、乗り継いで午後8時頃にチューリッヒ着の予定であったが、乗り継ぎの飛行機が遅れ、午後10時くらいになってしまったとのことであった。村上さん、船守さんと原田は飛行機代(1日早いだけで値段が2/3になった)の為に、5/7成田発チューリッヒ着の飛行機を利用した。PSIはチューリッヒから電車で20分程度のフィリゲンという場所にある。PSIで全員合流し、5/9朝9時から午後2時までPSIに滞在、その後、午後5時の飛行機でコペンハーゲンへ向かった。翌5/10朝に海底トンネルと橋でスウェーデンに渡り、MAX IVへと向かった。機構長と理事は5/10の内にコペンハーゲンから帰国、村上さんと原田は翌5/11にコペンハーゲンからチューリッヒ経由で帰国、船守さんは高圧関係の研究で有名なバイロイトとDESYの阪井さん(KEKから1年出張中、元加速器七系、一緒に将来計画検討を行ってきた仲である)を訪ねた後、デュッセルドルフ経由で帰国した。機構長と理事のスケジュールを計算してみると、研究所滞在9時間に対し飛行機25時間45分、村上施設長と原田は12時間/27時間45分となり、ほとんど飛行機に乗りに行ったようなものだと言えなくもない。

MAX IVは世界初の第4世代蓄積リング型放射光源であり、現在コミッショニング中である。3 GeVのLINAC、1.5 GeVリング、3 GeVリングからなり、3 GeVリングは周長528 m、7BA(Seven Bend Achromat)で直線部20本、自然エミッタンス328 pmradである。電子銃はリングの積み上げ時には熱電子銃だが、フォトカソードRF電子銃(光陰極高周波電子銃)もあり、LINAC端の挿入光源で100 fsの短パルス光を発生させて実験を行うビームラインもある。ゆくゆくは挿入光源を増強し、レーザー発振させる計画とのこと。現状の自発放射のみの段階では光子数はFELに比べれば桁違いに少ないのだが、バンチスライスをやっていた頃に比べると十分多いのだとか。

視察では、MAX IV研究所長のChristoph Quitmann氏による研究所紹介の後、振動対策ワーキンググループのリーダーで副技師長のBrian Norsk Jensen氏から地盤安定化や振動対策に関して講演して頂いた。施設見学は加速器部門長のPedro Fernandes Tavares氏とJensen氏に案内して頂いた。サイエンスについては利用部門長のJesper N. Andersen氏にお話をお伺いした。

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MAX IVのプロトタイプ電磁石の視察中の機構長、理事と施設長。Quitmann氏には、我々は”Synchrotron Radiation Junkies”なのだ、君たちもそうだろう、がんばれ!と励まして頂いた。

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MAX IVの地盤に関するJensen氏の資料の抜粋。30 cmコンクリートに下に4 m分、土壌を石灰安定化してある。固い地盤は約30 m下だが、杭打ちはなし。

Jensen氏によると、MAX IVでは当初、床を70 cm厚のコンクリートで考えていたが、それを30 cmに減らし、代わりに4 m深く掘って、掘った土に石灰を混ぜて固化させるLime stabilized soilという手法をとった。40 cmのコンクリートよりも4 mのLIME安定化土壌の方が値段は半額以下で、安定性(曲がりにくさ)はずっと優れており、工法としても特殊なものではなく、空港や道路の建設でも広く使われている手法(日本でも行われている)。MAX IVの地盤震動源は主に近くを通る高速道路で、3~18 Hz付近に振動のピークがあるが、施設全体を堅い巨大な船のように作ることで、短波長、高周波数の波では揺れない、つまり、局所的に振動しない様になっている。全体を揺らす長波長、低周波では、施設全体が一体として揺れるので、実験に影響しない。きちんと対策すれば、地盤振動はどこでも大きな問題にはならないだろうとのことであった。内部の震動源もきちんと対策されており、真空ポンプや冷却水ポンプ、チラーなど機械振動の原因となるものの下には必ずスプリングが設置されている。スプリングはわずか数百円で、効果は大きいとのこと。電磁石は架台とセットで数台分が一体の鉄から作られており、架台は石である。電磁石は想像よりもコンパクトにまとめられていた。

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スプリングを挟んだ冷却水ポンプの設置。 台車に乗ったスクロールポンプなども含め、機械振動を引き起こすもの全てにスプリングが挟んであった。

偏向電磁石ビームラインはなし、建屋にクレーンもなし、加速器シールドも解体できず、天井も開かない。床はすべて磨き上げられて段差がなく、重量物はエアパレットで運搬される。20セルからなるが、各セルごとに建屋内側に搬入口が1カ所、トンネル上部に電源室がある。磁石や挿入光源はその20カ所の搬入口を使って設置された。真空はNEGポンプを採用、現場での再活性化はなし、ダクトは容易に曲がるほど細く薄い丸管……建物のコンセプトから加速器本体に至るまで、切り捨てられる部分をばっさり諦めることで、割り切ったシンプルな設計になっている。現在までに120mAまでの蓄積に成功、ビームライン焼き出しの都合で蓄積電流値を決めているそうである。

リングRFは100 MHzで3倍波空洞が300 MHzである(IPAC等の情報では、100 MHzの空洞は高調波減衰型ではないので、120 mAではビーム不安定性が発生しており、フィードバックの立ち上げなど解決を急いでいるとのこと)。屋上は緑化されており、雨水もいったん貯めてからゆっくり排水、加速器の廃熱はヒートポンプを通して付近施設の空調等に利用されているとのこと。新しい施設全体が居室部分も含めて明るく美しくスタイリッシュで、何を見てもどこへ行っても溜息しか出なかった。我々もそのような施設を目指したい。


KEK放射光計画はKEK全体として推進することが決まり、利用側を含めたCDRを10月までに完成させることが目標となっている。光源設計については、来年3月に予定されているMachine Advisory Committee(委員長はAPSのMichel Borland氏の予定)に向けて具体的な詳細検討が進められており、MAC後にはTDR(Technical Design Report)にまとめられる予定である。なお、原田は飛行機が非常に苦手で、やせるほど怖かった(普通の人にとっては別になんてことないのだが)……。

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MAX IVでの集合写真。左から、村上洋一施設長、野村昌治理事、山内正則機構長、Pedro Fernandes Tavares加速器部門長、Christoph Quitmann所長、筆者、Brian Norsk Jensen副技師長、船守展正教授。

PFニュース Vol.34 No.2 (2016) より許可を得て転載